『父親たちの星条旗』
ホラ、アレ、アレ、アレだよ、兵士たちがアメリカ国旗を立てようとしてるアレ。
と有名すぎて映像はぱっと浮かぶのに名詞が出てこないものランキング、ではかなり上位に来るとわたしは思うのですが、みなさまはいかが思われますでしょうか。*1
その写真がこんなにも有名なのは、大戦中にアメリカの勝利を予感させるプロパガンダ図案として広く使われたからであるそうです。
いちまいの写真が単なる事実ではなく、国家公認の「伝説」となった時、そこに関わった兵士たちの運命は大きくねじ曲げられることに……
その年のピューリッツア賞を受賞し、1945年の「顔」となった一枚の写真の裏に隠された知られざる事実と兵士たちの苦悩を描き、戦争とはなにか、国家とはなにかを問いかける問題作!
なんて説教くさいものではありませんでした。
事実は無造作に並べられ、制作者側の(分かりやすい言葉による)コメントは最小限で、どう感じるかはこちらにゆだねられている感じがしました。
さる尊敬する友人が、主人公の息子不要説を強く主張していたのは、こちらにゆだねられている感を薄めるからであったようです。わたしも、あの息子は要らないと思いました。まる。
冒頭はむしろ散漫な印象を受けました。
現代と大戦中(激戦のさなかと前と後)をふらふらと場面はとりとめもなく移り変わり、台詞は説明的なものは少なく、俳優の顔と役名をちゃんと覚える前は、戦塵にまみれた姿とこざっぱりしてる時の姿と、老人となってからの姿が一致しなくて苦労しました。
あと、歴史背景もさらっとおさらいしておいた方がいいかも知れない。*2
映画が進んでゆくと、硫黄島の激戦の風景はPTSDのフラッシュバックとして描かれる頻度が増えて行きます。*3
つーかとんでもないグロ画像が続々な上に、21世紀の映画音響技術は容赦なく砲撃の音を腹に響かせるわ四方八方から着弾の音が聞こえてくるわで、けっこう、いや、かなり、観にきたことを後悔しました。
軍曹どのが「アパム! 弾もってこい、アパーム!」の人だと気付いた瞬間に、すごい嫌な予感がしたんだ…。
そ、それは絶対ヘルメットじゃないから拾わなくていい!!!!!!(トラウマ)
それにも関わらず、硫黄島の激戦の風景は美しく見えたのでした。
乾燥した冬の空気の中で見る風景のように、あらゆるものがクリアで遠くまでよく見え、色調も、グレイを基調に抑え気味で、乾いた落ち着きを感じました。
硫黄島に雲霞のごとく押し寄せるアメリカ軍艦艇、「地形まで変えた」と形容された容赦のない艦砲射撃、それすらもクリアな空気の中で美しく見えました。
美しかった。ダウトを感じるぐらい美しかった。
わたしは硫黄島に行ったことがないので空想するしかないのですが、戦闘は晩冬だったそうですが、硫黄島は沖縄よりも南の島ですぜ。そんなに寒くなくて、暖かい潮風がねっとりして、映画みたいな乾いたクリアな空気じゃなかったんじゃないかなあ。
…といちゃもんをつけましたが、監督は意図を持ってこういう画面にしたのだと思います。美しかった。悪夢のように。
昔かじった知識では、旗を掲げた「英雄」のうちの一人は、あまりにも行いがよろしくなかったので、除名され写真からも消されたとか聞いたのですが(記憶モード)、それはこの映画に出てくるネイティブアメリカンのアイラのことだったのでしょうか。
かわいそうなアイラ。
誰も彼も、アイラの心の傷に気付かないふりをして、偉いさんの「やつは海兵隊の恥さらしだ!」という怒号に言い返しません。ほんとうは違うと分かっているのに。
かわいそうなアイラ。
最後に、日本人の立場から文句をつけます。
予告編からしてそうだったのですが、この映画に登場する日本人は、人間らしく描かれていません。上陸する兵士たちを隠れ場所からうかがう視点(だけ)だったり、無言で狙いを定める銃口だったり。夜に陣地ににじり寄ってきて、狂気の叫び声とともに白刃突撃をかましてきたりとか。後は撃たれて死ぬところか、死体かです。
ひどい映画を引き合いに出しますが、ブラッカイマー印の『パールハーバー』で、真珠湾に殺到するゼロ戦がプロペラ機ではありえないほどびゅんびゅん飛び回っていて、『スターシップ・トルーパーズ』のバグを連想して腹を立てたのですが、それに次ぐ。かも。
と言うと言い過ぎでしょうか。
もしかしたら、日本サイドに対する割り切りぶりは、この映画が2部作であるからかも知れません。
この作品と裏表をなす、日本側から見た硫黄島の戦いを描く「硫黄島からの手紙」は12月9日公開だそうです。見ちゃうと思う。