『第三帝国の神殿にて』--萌えると思った。今は反省している。

第三帝国の神殿にて〈上〉ナチス軍需相の証言 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

第三帝国の神殿にて〈上〉ナチス軍需相の証言 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

 ニュルンベルグの法廷で私はこういった--もし、ヒトラーに友人がいたとすれば、私がその友人であったろう。私の青春の歓びと栄光も、それから後の恐怖と罪も、ともに彼のおかげである--と。
       著者まえがきより

 本については自分ルールがあります。借りた本なら読んでから日記に書く、買った本なら読まないで書いてもいいっ*1
 部屋を掃除していたら、以前ジャケ買いして、買っただけで満足して忘れていたこの本が出てきました。このレーベルはオビ込みで格好いいのでつい買っちまいがちです。読まないのに。なのに下巻のオビがないじゃないか!(今頃気がつく)


 著者のアルベルト・シュペーア氏は、若くしてヒトラーのおかかえ建築家となり、戦時中には軍需大臣を勤めた人です。入閣時36歳で最年少の閣僚で、能力よりもキャラ先行が目立つ?ヒトラー側近の中では珍しく?有能で常識的な人だったらしい。
 ニュルンベルグ裁判の冒頭で、上記発言をした人で。
 とここまでが予備知識。
 そしてこの本の帯のコピーが「彼はわたしのメフィストだった」
 表紙写真は、長身のシュペーア青年とちょび髭の小男ヒトラーがアイコンタクト。
 想像してみてください。
 30代で大臣にしてもらえたって言ったって、戦争後半の敗色濃厚な時期の軍需大臣ですから、ブイブイ言わせるどころか、工場は空襲でどんどん壊されてくし人手も物資も不足してく中で、なにをどう回して生産を維持するかで胃が痛くなるような感じだったんじゃないかなあ。あと、ナチス名物のトンデモ兵器の開発とか増産とかのリクエストにも振り回されたんじゃないかしら。最後は泣きながら残業してたりとか。
 頭が良くて真面目な青年が、山師みたいなおっさんにたらし込まれて、惚れた弱み(?)で苦労しまくる話ですから…ぜったい萌えると思った。


 パラパラと拾い読みしました。
 すみません。わたしが間違ってました。不謹慎でした。(土下座)
 やっぱ戦争いくない。


 前半は、悪名轟く独裁者の意外な素顔、的ちょっといい話と読めないでもなかったけれど、後半、シュペーア氏が大臣になったあたりから印象が変わりました。
 ななななんですかこの人の真面目な働きっぷりは!
 働く働く家族を顧みず働く。
 そして戦う。ヒトラーのイロモノ側近の横やりに対しては猛然と戦っています。それもこれも自分が偉くなるとかのためじゃなくて、自分とこの役所の仕事がちゃんと回るようにです。
 最初大臣に命じられた時には「畑違いだから出来ません」とか言っていたのにー。戦争が終わったら辞めて建築家に戻るのってのを条件に引き受けたのにー。そんな気弱な発言が嘘のようですよ。水を得た魚のようですよ。仕事らぶ?仕事らぶ?
 などと茶化しましたが、この人の「きちんと役目を果たすの至上主義・そのためなら政争も辞さず」のくそまじめな仕事への熱意はなんなのかと思いました。感動した。いや驚いた。
 本文中には猛然と働く理由として?「ヒトラー崇拝、義務感、野心、自意識がごっちゃになっていた」という一文がありましたが…。こういうのが真面目なドイツ人ってのかしらん。


 終戦近くなると。
 ヒトラーに言われたことを120%の完成度でやりとげる役人から、自分の頭で国の行く末を考える政治家になったように思えました。
 戦争を続けるための仕事よりも、戦後復興への芽を残すための仕事を優先し、ヒトラーの死を避けられない(あるいは必要な)イベントとして考えながらヒトラーに使えていたようです。
 つかヒトラーがドイツを道連れに破滅しようとしていたのをなんとか阻止しようとしていて、ヒトラー早く死なないかな、ともちょっと思ってたらしい。
 政治的立場としてはヒトラーと決別することとなりましたが、心情的にはスッキリとは割り切れなかったようです。
 1945年4月、敗戦まで秒読みの時期にも、ヒトラーとシュペーア氏は時折、ベルリンの地下壕で古い設計図を眺めて昔を懐かしんだそうです。ヒトラーが上り調子の時代、シュペーア氏はおかかえ建築家として(政治的なことは何も考えず)言われた仕事だけしてればよかった時代、ヒトラーと政治的に対立することもなく、「君は天才建築家だ!」と褒められ有頂天になってた時代を懐かしんでいたんじゃないかなあ。
 4月23日*2 シュペーア氏は包囲されたベルリンに危険を冒して舞い戻り、最後の名残を惜しんでいます。そんなしんみりした話の前後に、ヒトラーの命令*3を邪魔する活動や終戦工作のことが淡々と書かれています。二重人格のようです。
 5月1日、ヒトラーは自決。
 5月8日、ドイツ無条件降伏。
 シュペーア氏は戦犯として拘束され、ニュルンベルグ裁判で禁錮20年を言い渡されます。40歳から61歳までの間、シュペーア氏は塀の中でヒトラーとの12年間の熱狂と恐怖、第二次世界大戦に対する自分の罪や責任について繰り返し考えていたそうです。
 キョーレツな人物に魅入られちゃったんだねえ、とまとめるには重すぎる話だと思いました。
 不純な動機でこの本を手に取ったことを、を深く恥じる。

*1:既に二回破ってますが

*2:この本、特に最後の方の日時が曖昧だと思います。文章の前後から22日かなとも思いましたが、別の本を見たら23日だと書いてあったので…

*3:連合軍に占領される地域のライフラインをぜんぶ破壊せよとの無茶な命令をヒトラーが出していたらしい。