『泣き虫弱虫諸葛孔明』

泣き虫弱虫諸葛孔明

泣き虫弱虫諸葛孔明


 小説・漫画を通じて、日本人の三国志の中ではぶっちぎりに可笑しいからと勧められました。
 ああ、「後宮小説」の。とハタと膝を打ったのですが、若い方はお分かりになりますでしょうか。あと佐藤賢一と混同していたことに、いま気が付きました。ごめんなさいもう間違えません。


 ブログを始めるにあたり誓ったことがあって。
 愚痴は書くまいネタで行こう、と。そして感想を書くに時は、このブログを読んでくれた人に「ちょっと見てみたいな」と思わせるように書きたい、と。それで一人でも二人でもいつかほんとうに手にとってくれたなら、作者なり制作者なりに恩返しになるんじゃないかなぁ、と。*1
 と言っても、たいていは「この作品は超絶面白い!」と思えば、その高揚感の中で、読んだ人がぜったい「ぶは」とお茶を吹くような抱腹絶倒な感想が頭の中に自然発酵します。でも、実際書いてみると10分の1も面白くないものしか出てきません。悔しいことです。恨めしいことです。思えば小学生の頃から万事この調子だったなあ。一生直らないんだろうなあ。
 なぜこんなことを告白しだしたかといいますと…この本を開いて読み始め「ぶは」とお茶を吹いてしまったからです。文章は丁寧、というかむしろテンション低めとも言えるかも知れないのにさりげなく、だがすごく変な事をしれっと書いているのがツボ直撃というか理想というか、こんなことを言うとホント偉そうで恥ずかしいのですが、当ブログが脳内理想通りに書けていたらこんな感じであろうかと。


 それでその。三国志のバリアントな訳です。
 この一冊で孔明の少年時代から三顧の礼までがカバーされています。
 作者氏は吉川英治版も横山光輝版も未読だそうで*2、正史の三国志と「三国志演義」をつき合わせてツッコミを入れ続けます。地の文で。
 例えば三顧の礼の末に劉備孔明が会ったシーン。

 挨拶が済み、主客は卓子を挟んで対した。謎の童子がけろっとしてお茶を運んできた。わたし(作者)からすればここは当然、アンドロイドがお茶を運んできて、劉備が仰天せねばならないところだと思われるが、『三国志』(=演義)はそこまで悪のりしていない。不思議である。

 いや、まあ、その。
 とくに「三国志演義」に見られる中国的物語の定石につっこみつつ、主要キャラクターを奇矯にすることで中国的物語ゆえのぶっとんだ展開を合理化しようと…してる…のかな…
 それから「奇」を楽しむ物語でもある思います。
 えーと、例えば「岸和田博士の科学的愛情」だとか。*3
 奇人に常識人が巻き込まれペースを乱され右往左往するのを楽しみ、常識人には論理の展開が読めない、奇人の非常識かつ不可解な行動で解決不能な問題が解決されるのを見てカタルシスを得る。
 と思ったのですが、この本では三顧の礼で終わっているので常識人が狼狽し右往左往する面白さまでしか描かれていません。残念。
 奇人の一人はもちろん諸葛亮孔明ですが、対する劉備玄徳も別種の奇人(しかも相当の)として描かれているように思えました。
 その二人を組ませたら、おそろしい化学反応が引き起こされるのではないか、と暗躍するもう一人の在野の奇人。*4
 かくして劉備孔明は主従となり、第弐部が別冊文藝春秋(偶数月8日発売?)で絶賛連載中との事です。*5


 それから、気に入った下り(つか爆笑した下り)を少し抜き書きさせて下さい。

 戦さ場の槍の上手は、刺突よりも、複数の敵を槍に巻き込むようにして転がし、返しで仕留めてゆくものである。
 「チェーストーッ!デェーイ」
 趙雲の槍の妙技が繰り出されるたびに敵兵五、六人が宙に跳ね上げられ、まるで人混みが炸裂したかのようである。
 「キエー、アタタタッ、ヒィー、オチョー!!」
 とか怪鳥音を発していたかも知れない。子竜(ドラゴン)だから。槍を引く際に敵兵に石突を当て、翻す際に穂先で刺殺する。
 趙雲の周囲では人がぽんぽんと飛び上がっては死んでいく。調子が出てくると槍は撓りつつ常に回転状態を保ち、普通なら出ないヴーンという低周波振動音が発生する。そうなったら敵兵は槍にわずかに触れただけで手が裂け、天地がひっくり返って叩きつけられていた。

 現在ドハマリ中の「真・三国無双4」のゲーム画面がありありと眼前に浮かび、激しく腹に来ました。つか低周波振動音て、そ、そんな…(腹よじれ)

 かの「桃園の結誓」以来のことだが、劉備は芝居がかったことを自然にこなし、ときどき本気になってしまったりして、おおいに己に気合いを入れ直すのである。そんなことだから『三国志』(=演義)でさんざんネタにされてしまうのだ。もう徐庶も慣れて、最初は馬鹿馬鹿しいと思っていたが、近頃は愉しみというか、劉備関羽張飛のけれんに満ちたコントにやみつきになってしまっている。
 家臣一同も、劉備の見得切りを見たいがために、わざとのって来そうなせりふを吐いて、劉備の大言壮語を引き出そうとしたりして遊ぶのである。

 ああ、劉備一家は楽しそうだ…。そこはかとなくバカ君主介護型国家のかほりがして萌えます。てか「三国志」の物語で、間近で見ていたい英雄なら文句なしに曹操ですが、まざりたい国家No.1は蜀だなあ。*6
 腐女子的発言でアレでございますが、
 劉備「うわ〜ん孔明曹操軍100万が攻めてきたよ〜(のび太風に)」
 孔明「この孔明に策があります(平然)」
 と劉備陣営の世話を焼くのが好みだったのですが、雑誌掲載分を読んだ感じでは、ちょっと違うみたい…? わたし如きの発想などはるかに超えた展開になりそうな予感。楽しみです。



 文藝春秋HPの「自著を語る」
 http://www.bunshun.co.jp/jicho/nakimushi/nakimushi.htm
 はてなで見つけた、作品の内容がズバリとよく分かる感想
 id:chomo:20050222

*1:それゆえあざとすぎる手も使ったことがあって、だまされちゃった方々には深くお詫びしたいです。

*2:それはもったいないと思う。

*3:蒼天航路」の前作もそんな話だったような。「地獄の家」でしたっけか?

*4:孔明の姉の嫁ぎ先のお舅さん/第弐部で活躍の場面はあるのだろうか。

*5:2004年11月号から連載されてます。1話、3話を読みましたが、まだ戦争してなかった…

*6:ただし、蜀成立以後です。それ以前だと一兵卒が生き残れる確率は限りなくゼロに近いから☆