『栞と紙魚子』

栞と紙魚子 (1) (ソノラマコミック文庫)
 諸星大二郎のホラーコメディ?短編集です。
 読後感がしみじみホンワカとイイので、寝る前に1〜2話ずつ大事に読んでいました。


 栞(しおり)と紙魚子(しみこ)は胃の頭町に住む女子高生です。
 栞は、「黙っていれば美人なのにねえ」と影で言われているに違いない天然系の女の子です。
 ぜんたいに、栞は具体的な危機(包丁を持った化け物に追っかけられるとか)には恐怖感を抱き機敏に反応しますが、怪異と死体に対してはきわめて鈍感だと思います。ホラーの定石、読者には見え見えの危険サインを、全く気づかずまたいで奥に行っちゃうタイプです。また、肉体的危機についても、のどもと過ぎれば熱さを忘れると言うか、あっさりケロリとした所があると思います。ちょっとぐらい引きずったらどうか。
 親友の紙魚子は、度の強そうな色気のないメガネをかけた*1女の子らしくない女の子です。意志が強く、好奇心が強く、オカルトの知識が豊富です。古本屋の娘で、書痴。栞よりは合理的思考ができるように思えるのですが、書痴属性と好奇心が危機判断を誤らせているように思えます。てか紙魚子はオトコマエで好きだー(笑)
 ふたりは、まいどまいど奇怪な事件に巻き込まれたり首を突っ込んだり、事態を悪化させたり、時には解決したりします(偶然くさいけど)
 女子高生が主人公とは言っても、いつもの諸星絵です。死霊魔物魔神死体が山盛り出てきます。
 でもコメディ。
 信じがたいけれど、ホンワカコメディなのです。
 しかもユルユルの展開にズレズレの会話がとても楽しい。あの絵なのにほのかにホンワカ感も漂い、癒し系と言ってもいいかも知れない。わたしは騙されているのでしょうか。


 第一話の「生首事件」をちょっとご紹介しましょう。
 バラバラ殺人事件が近所でありました。散歩中に死体を見つけた栞は、自宅に持ち帰ってしまうのです。生首を。さすがに持ち帰ったものの扱いに困って(そりゃそうだ)親友の紙魚子に相談します。持って来ちゃった理由もアレコレ説明するのですが、説明になってないつうか、栞はフィーリング(しかもやや特異な)*2の人で、しかもフィーリングを言葉で説明するのは苦手らしい。困ったモンだ。
 紙魚子は、自分ちの売り物の中から「こういう事の本」を持ってきてくれました。

 『趣味と実用シリーズ 生首の正しい飼い方』

 本はおおいに役に立ち、生首は栞の部屋の水槽の中で元気に泳ぎ回るようになりました。
 「ねえ紙魚子… あたし生首を飼いたかった訳じゃないと思う…」
 二人は再び『生首の正しい飼い方』を開きます。

 飽きたり飼うことができなくなった時は、海や川に返してあげましょう

 かくして川に放された生首の竜之介(紙魚子命名)は、別れを告げるかのように栞を振り仰ぐと、海に向かって流れてゆきました。
 紙魚子がエールを送ります。
 「おっ 鯉に噛みついた… ようし!達者で暮らせよ!!」
 そしてバラバラ死体の頭部は見つからず、殺人事件は迷宮入りしてしまうのでありました。


 万事この調子です。ホンワカしてるけど、よく考えるとあんまりメデタシメデタシではないよっ!みたいな。
 いま、文庫1〜3巻でざっと数えましたところ、殺人7件、殺人未遂4件、自殺2件、一家心中1件(しかも同級生の家)、一家全滅の交通事故1件、列車事故1件(死者2名重軽傷17名)。
 また、町内には将門の乱の古戦場、戦国時代の古戦場、戦時中人体実験を行った?病院跡地があり、戦時中には空襲でおびただしい死者を出しています。恋人を惨殺し逮捕されたものの心身喪失状態で不起訴になった狂える女流詩人が町内の空き地に住みついています。人肉を食べてみたい同級生が1名。空間が不安定なのか、しばしば異次元?への道が開きます。
 なんでこれで読後感が「ホンワカ」になるのやら…まさに諸星マジック。


 ラヴクラフトネタが出てくる点でも知られた作品であると聞きます。
 ご町内に住む、ホラー作家の段一知(だんいっち)先生が、ラヴクラフト先生をモデルにしている風(にしては顔の長さが足りず、温顔に過ぎると思う)
 そして、おくさまは魔神。
 娘さんが高名な?クトルーちゃんです(口癖は「テケリ・リ!」)
 クトルーちゃんのペットがヨグちゃん(フルネームはよぐそとほーと?)
 このヨグちゃんがまた… 主神級邪神の名を持ち、諸星クリーチャーのぐるぐる模様を身にまといながら、飼い猫に負ける存在………………栞をつけねらい、ホラーらしく包丁を手に突然襲いかかるヨグと、口ではきゃあきゃあ言いながら巧みに応戦する栞のくだりは、文庫版1巻での最大の見せ場と言えるでしょう?

*1:昨今の、萌えるメガネ娘じゃないです。レトロな、メガネ=不美人の系譜を継ぐ女の子です

*2:栞は、死体や、死そのものを忌避する気持ちが生まれつき薄いのではないか。ついでに悼む気持ちも薄いみたいな気がします?