『UMAハンター馬子完全版(1)』--匂い立つ。

UMAハンター馬子―完全版〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)
 タイトルからして駄洒落…*1
 「おんびき祭文」という伝統芸能?の名人である馬子が、弟子のイルカちゃん(15歳)と日本のへんぴな所を巡業しては、ド田舎の古い伝説やUMAの真相を暴くわけです。
 で。
 ストーリーマジックなんでしょうね。読み進める内に馬子が好きになっちゃうのです。
 はじめはなんつーオバチャンだ!と眉をひそめました。いわゆる漫画的に典型的な「大阪のオバチャン」で、化粧は濃いわ服も濃いわずうずうしいわ自分勝手だわすぐ弟子のせいにするわ、おまけにいい男には目がなくそのうえ相手が同性でもおかまいなしと言う…。いっつも理不尽な目に遭うイルカちゃんがかわいそうだ!と憤りました。
 ところが、馬子さんの芸はホンモノなのです。教え方も上手いようだ。
 時折見せる深い考えと知識もタダモノとは思えない。旅も何か深い目的があるようで、オバチャン炸裂なのは、フリだけなのではないか。と思えたりとか。
 そしてイルカちゃんがいい娘でねえ。叱られてもののしられても逆ギレせずじっと涙をこらえる年若い弟子がこんなにグッとくるとは。私は猛烈にイルカちゃんに幸せになって欲しいと思います。
 たまーにね、馬子さんがイルカちゃんに、優しいねぎらいの言葉をかけるのです。
 馬子さんを尊敬しているイルカちゃんは、そんな優しい言葉をかけられるとグッと来ちゃいます。読んでいるわたしも、イルカちゃん良かったね、って気持ちと同時に、馬子さんやっぱりいい人なんだ!大好きだ!とナチュラルに思ってしまいます。
 ツッコミを入れるなら、悪い人がたまーに良いことをすると好感度がぎゅんとアップするし、それは巧妙ないじめっ子がいじめられっ子を手元に置くための手段だと聞いたこともあるのですが。
 でもやっぱり、イルカちゃんには大きな失望を味わうことなく幸せになってほしいと思う訳で、それって作者の術中にはまっているってことでしょうね。ははは。*2
 その辺の機微、テンポの良い会話のおもしろさ、田中啓文は「うまい」作家だなあと思うのですが、
 彼の本質はもしかしたらそこにはないかも知れない。


 最初に読んだ田中啓文作品は「嘔吐した宇宙飛行士」だったか「銀河を駆ける呪詛」*3だったか。その時の感想は「そこまでやるか」でした。まずオチがどうしようもない。バカだ。アホだ。(←ほめてます)
 そしてエロとグロを高濃度に含有しています。(←ここは別にほめてない)
 SFマガジンにそんなひどいオチの(ほめてます)作品を載せて干されちゃったりしないのかと、少し心配し、反面、笑いに対する捨て身の姿勢がとてもまぶしく感じられました。常識にがんじがらめに縛られた気の小さい凡俗としては、突き抜けた奇行には憧れと敬意を覚えてしまうのです。
 しかし、どぎついエロやグロにはいささか抵抗のあるタチなので、これさえなければ読みやすいし人に勧めやすいのになあと思ったのは嘘ではない。が、それを抜いたらこの人じゃなくなるのだろうかと思ったりもしました。
 この作品を一読して思ったのは。
 グロいだけじゃなくて臭うでした。
 つかこの人の描くUMAが、臭う。
 UMAったって野の獣(の一種)ですから、人間とは違う臭い、ある種のケモノ臭があると描写するのはリアリズムかも知れません。でも、こんなに丹念に臭う臭うと描写しなくてもいいじゃないかと思うのです。
 どうも、この作者の描写(特にぐちょぐちょなもの)を読むと嗅覚、それと触覚が他の感覚にくらべて鋭敏な人なんじゃないかと思ってしまいます。
 勘弁して。

*1:UMAは読み方としては「ユーマ」ですけど。

*2:そのため完結編を含む完全版2の刊行が待ち遠しいのですが…「最終話では、皆さんの期待を(良い意味でも悪い意味でも)裏切るであろう、今までのは何だったんだ、アホか!というような、アッと驚く(んじゃないかと思うような)むちゃくちゃな結末が控えているので、乞うご期待(といっても、まだ書きおろし文は書いていないのだが)。」という犯行予告?が作者あとがきにあって、わたしは怖い。

*3:『asin:4150306583:title』収録