『ヘルボーイ』雑感

 「ヘルボーイ」映画版が面白かったので、原作コミックス(の翻訳版)を買い求めて読んだ訳ですけれども。
 絵がイイんだ!!(と前にも叫んじゃいましたが)
 感動のあまり遠方に住む弟に押しつけるように貸し出してしまって、本が手元になくてちょっぴり困ってる。みたいな。
 えーと、百聞は一見に如かず。出版元様のプレビューをご覧下さい。
 Hellboy Volume 1: Seed of Destruction
 2ページ目に我らがクロエネン様が登場してます。(そこか)


 アメコミをふだん読まない*1人間のタワゴトと思って聞き流して頂きたいのですが、アメコミは少々没入しにくい感じがします。ページを開いて、絵を見てフキダシを探して字を読んでまた絵を見て、みたいにぎこちなくなっちゃう。漫画を読むなんて、息をするみたいに自然にできたハズなのに、あれれ?みたいな。コマ運びが左右逆だからかなあ。文字が横書きだからかなあ。慣れれば日本の漫画と変わらない速度で読めるようになるのでしょうか。あらら。らら。ら。


 と言い訳をしつつ、やっとちゃんと読んだので少し感想を言わせてください。
 クロエネン様がヘルボーイとほとんど絡まないうちにマヌケっぽく退場なさったのでカクッと来た。
 じゃなくて、
 コミックス版のラスプーチンは心に引っかかるなあと思いました。
 えーと……母性本能をくすぐる?
 映画でのラスプーチンは、濃ゆい顔・ヒゲ・スキンヘッド・いい年したおっさんのクセに豪奢なローブを胸板で着こなした野心家でした。
 そう言えば。映画でね、朝のみだしなみだったのでしょうか、腹心のナチの女将校がラスプーチンのスキンヘッドを剃っている場面があってねえ。女将校は金髪碧眼の白人女で、肉感的な唇にぼってりと赤いルージュでねえ。その赤い唇に、だらしない感じでタバコをくわえててねえ、けだるい雰囲気でラスプーチンの頭を剃り上げてるの。
 あー、この二人はカリスマ指導者と有能な部下って関係だけじゃないんだなあと非常にやらしい感じがしましたっけ。
 とまあ、映画での印象を悪く一言で言えば、ラスプーチンはあぶらぎっしゅなおっさんでした。野心のままに疾走するか退治されて滅びるか*2の二つに一つしかない一点の曇りもない悪役。それ以外の生き方はありえない風。


 ところがコミックス版では。
 主人公ヘルボーイに執拗にからんでくる最大の敵なのは同様なんですけれども、どこか、ふとした拍子にぽっきりと折れてしまいそうなもろさを感じるのです。
 どこか、っつーか『魔神覚醒』エピローグでの抑うつ的なラスプーチンの描写から来る印象だと思いますが。(自分にツッコミ)
 ヘルボーイたちに負けたあと、ラスプーチンは魔法の師匠のバーバ・ヤーガ*3に会いに行くのです。バーバ・ヤーガは見るからに妖しい腰の曲がったしわくちゃの醜い老婆として描かれています。
 なのに!映画ではあんなに尊大であぶらぎっしゅだったラスプーチンが!背中を丸めてバーバ・ヤーガに礼儀正しく接していて!バーバ・ヤーガの方も、もう休めとかいたわり慰めモードで! ラスプーチンは、一時的に子供返りして、お母さん的存在にヨシヨシしてもらって元気をもらった、なんて風に見えちゃいました。
 その元気って、次の巻でも人類滅亡へむけて精力的に暗躍する元気なんですけれども。
 バーバ・ヤーガとラスプーチンの対話はこんな感じ↓

 「確かに今回の計画の細かい線引きはおぬしの所業じゃ。
  しかし全体の図式は暗く冷たい世界の狭間から生まれておる。」
 「私は自分がただの操り人形だとは思いたくありません。」
 「好むと好まざるとにかかわらず、おぬしは、なるべき者になるしかない。
  それは無じゃ。」
 「ですが、…」(以下ラスプーチンのあまり成功していない反論)
   (中略)
 「私は…自分のものは何も持てないのですか!」
 「どうやって? 
  おぬしは死人じゃ、グリゴリ。神でも、王でも、魔女ですらない。
  結局、おぬしはただの人であり… これが終わりなのかもしれん。」
 「いやです。
  お婆様…鳥足の家はどこに?」
 「見よ。」
 「おお…子供の頃に、夢に見たままだ。何一つ変わってない。同じだ。」
 「ワシらとここに留まれ。
  おぬしの旅は永過ぎた。おぬしは疲れておる。
  眠るのじゃ。」
 「いえ。
  まだ休めません。それに…
  人が神になる事もできるかも…」
 「かもな…」
 「おさらばです。バーバ・ヤーガ。よい方の目をお大事に。」
 「哀れなり、ラスプーチン さらばじゃ。」

            『魔神覚醒』(ASIN:4796840494)より

 例えば主人公のヘルボーイは、人類滅亡の先触れとして生まれた存在でありながら、自分の意志でそれ以外の存在であることを選択し続けています。シンプルな映画版の描写で補うなら、地獄の皇太子として生まれたけれど人間として生きたがってるみたいな。
 コミックスでは、世界はあらかじめ決められたプログラムに従って動いていて、ラスプーチンヘルボーイも歯車にすぎない、という思想がおもに古い魔神や妖怪たちによって語られます。*4
 ラスプーチンもまた、(妖怪や魔神と親しい関係にありながら)宿命と戦おうとしているように見えました。歯車の抱く感情は何なのかと問い、人の宿命を拒否しようと。人間だからか?
 ラスプーチンヘルボーイは、似合いの主人公と敵なんじゃないかなあと思いました。
 なにかヘルボーイ:妖蛆召喚 (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)では、ラスプーチンははかないことになっちゃってますが、でもまた再登場して元気に暗躍して欲しいなあ、と思います。


 でもいちばん再登場を希望するのは、クロエネンだな!

*1:あの、その、あのぴったりコスチュームが、その、何かこう、ちょっと正視いたしかねる感じで…

*2:殺されても死ななそうでは、あった。

*3:ロシアの民話に出てくる妖怪みたいな魔女らしいです

*4:対して、宿命を変えるかも知れない自由意志の力(の可能性)を信じ、ヘルボーイの選択を支持するのが宇宙人ってのがちょっと面白く思いました。