『北壁の死闘』--アイガー北壁とわたし。
- 作者: ボブ・ラングレー,海津正彦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1987/12
- メディア: 文庫
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正当派冒険小説を久々に読みました。
第二次世界大戦中のスイス。
戦況を一変させる超兵器を巡ってアルプスの高峰に挑むのは、女と病人連れのドイツ軍人だ!
舞台のアイガー北壁は、アルプスのすごい難所らしいです。夏なのに氷河があって吹雪が吹いてます。心胆を寒からしめる危険な冒険と、迫力ある厳寒の描写が、蒸し暑い日には快かろうと思って読んでみました。
さきの作品と比較すると、パーティの殺伐とした雰囲気、甘えが入る余地のない人間関係はなんとしたことでしょうか。
個人的趣向として、少々ウェットで居心地のいいパーティの人間関係をわたしは愛しますが、ここに描かれているのはまったく違う世界だと思いました。
自分でなんとかするから他メンバーが敵対的でも気にしない、敵対的メンバーも、自分で自分の面倒を見る技量と、危険な地点で危険な敵対行為をしないぐらいの常識はあるに違いない、それで十分さ、みたいな?
一言で言うと、非ッ常に萌えにくい。
これは冒険の舞台が凄すぎるのかも知れません。
スイス・アルプスはアイガー北壁です。ベテラン登山家が何人も命を落としている、難所中の難所です。
アイガー北壁を登り始めるまで、けっこうな量をかけて登場人物の個性、人間関係がドラマティックに描かれていたハズですが、いざ登りだしたらアイガー北壁が最大の敵で、北壁vs私×5セット、みたいになっちゃって。敵のはずのアメリカ軍も、アイガー北壁に比べたら味方かな的な。
おそるべしアイガー北壁。
冒険小説の定石どおり、最大難易度の冒険(物理的な困難)と人生の転機(あるいはまたは同時に人間的成長)が重ね合わされて、スリルだけでなく、感情にも訴えかけます。*1
この作品の場合は、人間的成長と言うよりは、死んで生まれ変わるに近い印象を受けました。意識朦朧状態でゾンビのように登山してて、たびたび臨死体験をしているからです。容赦のない詳細な本格登山の描写と、美しすぎる臨死体験の描写の落差が互いを引き立て、登山なんか絶対するもんか!との決意が一ページごとに強まります。
おそるべしアイガー北壁。おそるべしボブ・ラングレー。
この本を読んでよく分かったことは、人は、高山を行くようには出来ていないんだと言うことです。この世界で要求されるものは、人間のスペックを越えている。この世界は、人間の動作保証対象外としか思えない。
こんなとこ一生、行きません。
↓以下ネタバレ↓
サイコパス男のヘンケは、ぜったい肝心な所で復讐に走るんだろうと思っていたので、意外な展開に驚きました。
ヘンケが、北壁を乗り越えたあとに、主人公に対してどんな言葉をかけるのか、見てみたかったです。なんて感想を抱くわたしは、ウェットな人間関係を期待しているのかも知れない。
あと、へなちょこリヒナーが可哀想でした。
リヒナーは成長キャラかと思ってました。主人公と接するうちに感化されて勇気と自信を得るタイプの。クライマックスでは決めてくれると思ったのですが。
アイガー北壁の前では、多少成長してもへなちょこはへなちょこ、ということなのでしょうか。可哀想だった。
歴史の影に隠された大冒険、というテーマに惹かれます。
語りすぎず余韻を残すエピローグが、心地よかったです。