ロバート・ブロックとラヴクラフト
ロバート・ブロックって、「サイコ」の原作者ですよね?
年譜を見ると1994年に77歳で死去しています。写真を見てもカップクのいい年配の紳士と言った風情です。なのに、ラヴクラフトと並べて考えると、ブロックは子犬みたいに思えてしまいます。…あッ、お客さん帰らないで!
こ、根拠を述べます。
ブロックは15歳の時に、ラヴクラフトにファンレターを出しました。1932年のことです。それがキッカケとなり、二人は文通をはじめます。*1
やがてラヴクラフトに勧められ、ブロック自身も怪奇小説を書くようになります。投稿先もアドバイスしてもらったとか。そのかいあって1935年にブロックは18歳で商業誌にデビューしました。
その年、ブロックはラヴクラフトにお願いします。作品中にラヴクラフトをモデルにしたキャラクターを登場させて、邪神の餌食にしていいか?と。ラヴクラフトは快諾します。それどころか、(以下「アーカム計画」解説/大瀧啓裕より引用)
1935年4月30日付ブロック宛て書簡で、自分をモデルにした登場人物を「描き、殺し、軽視し、分断し、美化し、変身させることをふくめ、どうあつかってもよい」ことを許可する旨を伝えた。この書簡は証明書の体裁をとり、(中略)ラブクラフトの署名のほかに、立ち会い証人としてアルハザードやフォン・ユンツトをはじめ、レンのトゥチョ=トゥチョ人ラマ僧の署名まで念入りに記されており、ラヴクラフトとの共犯関係をたのしむブロックを喜ばせたことはまちがいないだろう。
そしてブロックは「星からおとずれたもの」*2を発表します。作中で、ニューイングランドの夢想家は悲惨な死を迎えます。(ナナメに見ればややマヌケな死に様かもしれませんが…)
その返礼に、ラヴクラフトは「闇をさまようもの」*3で、ブロックに似た名前の作家を殺してみせます。ひゃっほう!
とまあ、とても有名なエピソードなので色んな所で何回も目にしたのですが、今回、ふと思いついて二人の年齢差を計算したら、いっそう胸に迫るのですよこれが。
文通を始めた時、ラヴクラフト42歳、ブロック15歳。
今の私たちは、生前のラヴクラフトが評価の低い売れない作家だったとは知っていますが、当時15歳の少年から見たら、お父さんぐらいの年齢のプロの作家が、手紙を通じて親しくつき合ってくれるなんて、天にも昇る心持ちだったのではないでしょうか。その上、一生の職業に導いてくれたんですよ。しかもしかも同じ作家業!神様が手をさしのべて同じ高みに引き上げてくれたかのような、なんて思えたんじゃないかなあ。
そして「星からおとずれたもの」は1935年。
ラヴクラフト45歳、ブロック18歳。
駆け出しの若い作家が、大先輩にこんなこと↑お願いする訳です。こんな甘えたお願いをするなんて、デビューした興奮で恩人に子犬のようにじゃれついているようにしか思えません。それに対し、偉大な先輩はイカレたジョークで返します。*4 そしてさらに商業誌掲載の作品でやり返してくれるなんて。ロバート・ブロック(18)は、このやりとりに息が止まりそうになるほど興奮したんじゃないかなあ。うらやましいやら。妬ましいやら。
このような良い思い出があっての、「アーカム計画」なんだなあ、と思いました次第。「アーカム計画」が小説として面白いかと聞かれると、ちょっと微妙みたいにも思わないでもでもでも…
アンソロジー『ラヴクラフトの遺産』(ASIN:4488523110)にブロックは序文を寄せています。これを読むと、ラヴクラフトは人間としての生きづらさや特殊なジャンルの作家としての苦悩はブロックにはほとんど語っていなかったのではないかと想像されます。まあ、ふつう、まっとうな大人は子供にそんな愚痴は言わないモンですよね。ブロックの方も10代のファンが大先輩に聞ける事じゃないべ、なんて書いていますが、どうだかどうだか。人生のもろもろの闇の面は、相応の年にならないと分からない事もありますゆえ。
子犬のようだった(と私が勝手に想像する…)ブロックも大人になり、おじいさんになり、彼岸に渡ってしまいました。あっちの世界でラヴクラフト先生に再会して、今度はオトナどうしの話も出来たかなあ、なんてちょっとおセンチに思ったりした。
当日記でラヴクラフトについて言及した日一覧
id:wang2zhonghua:20040906