『渇きの海』

 旅のお供はコレ。巨匠・アーサー・C・クラーク先生の代表作です。面白かった!
 かつてSF者を志したことがあって、やはり名作は読んでおかないとなあ、と3回ぐらい買って3回ぐらい無くしましたっけ。やっと読めた本は図書館で借りた本だという皮肉。


 乗客乗員22人を乗せた月面観光船が遭難した。
 救助を阻むのは、何十億年の真空と乾燥により生み出された、海水よりも砂よりもタチの悪い月塵(ムーンダスト)をたたえた「渇きの海」
 月の技術者たちが総力を挙げて救出を試みますが、

 ふたりの倉庫係が慎重な備品調べをつづけているのを、ローレンスは黙ってながめていた。これは、月にはよくある、単調な、だが重要な仕事のひとつで、人命がこれにかかってさえいる。ここでのひとつの見落としが、将来どこかで、だれかに死を宣告することにもなりかねないのである。

 ↑と、月はわたしのようなうっかり者はすぐに死んでしまう所らしいので、救助はとても難しいのです。
 渇きの海も、獲物を逃がすものかと言わんばかりに意地の悪いアクシデントをくりかえし引き起こし、遭難者たちを絶望の淵にたたき込みます。
 これがアンハッピーエンドだなんて聞いた覚えがない、そう思いつつも、すごくハラハラしちゃった。


 助ける側→偏屈で人間嫌いな若い天才科学者、助けられる側→好きな女性に告白して振られたら怖いし結婚して落ち着くのは、まだちょっと決心がつかないなあ…なパイロット、が主人公で、彼らが事件を通じて成長するハナシかと思ったけど違いました。(そういう要素もありましたが)
 真の主役、つかヒーローは、助ける側→ローレンス技術部長(人格・技術ともに円熟の域に達したオジサマ)、助けられる側→ハンスティーン老提督(生涯現役っ)でした。しぶいなあ。格好いいなあ。この二人の直接の会話の場面がなかったのが残念に思います(腐女子発言)
 うっかり者を拒む世界は、経験の浅い若者の無謀な勇気も拒むのかも知れない。てのはわたしの勝手な想像ですが、年長者の経験に裏打ちされた慎重さが価値のある世界だというのは、そりゃーキビシイ世界に違いない。なんとなく、反対の例として映画「アルマゲドン」を思い浮かべながら読んでいました。


 この作品が書かれたのは1960年だそうです。
 えーと待てよ、人類が月に到達したのは69年。*1
 クラーク先生は、これを100%空想で書いた訳だ。
 可能な限りの資料を手に入れて、月で生活するとは、月で遭難するとは、月で救助活動にあたるとは、と丹念に空想を重ねた結果だと思います。がーっと勢いでヤる妄想とは違う力かも知れないと思った。
 空想の中でクラーク先生は、たしかに月に立っていたんだろうなあと思います。天に輝く地球、驚異のインアクセシビリティー山脈、月面での夜明け、これらの風景がみな見えていたに違いない。
 だって、読んでいるうちに、わたしにもちょっと見えてきたみたいな気がしたもの。


 一カ所、涙が出るほど笑ってしまった所がありました。
 「はあ、キャプテン。告白したいことがあります。じつは、こういったことが起こるのは、みんな、このわたしのせいではないかと思うのですが」の人のくだり。
 生きるか死ぬかの深刻な場面なのに、予想外のあんまりな展開に艇内の人々が一瞬ぽかーんとなった顔が目に浮かぶようでした。たしかに月に来る人の中にこの手のヒトはいそう!絶対いそう!!
 でも、こういう場面にこんなトンデモネタを持ってくるとは、わたしを笑い殺すつもりかー!と思いました。

*1:結論から言うと、渇きの海みたいな所は月にはなかった。でも、当時は月面は堅くないと想像されていたのでしょうか? アポロ計画の関係者は月着陸船が渇きの海みたいな所にはまってずぶずぶと沈む悪夢にうなされたそうです。と解説より。