『アダムの呪い』--一歩の距離

アダムの呪い
ブライアン・サイクス著/大野晶子訳


 1冊目と2冊目の雰囲気の(あまりの)違いに『死の瞬間』のキューブラー・ロス女史を連想しました。
 偏見に満ちた発言かも知れませんが、高位の科学者はクラスチェンジすると宗教家か哲学者になるような気がします? 真摯な科学者を「信仰」あるいは「思想」に走らせるものはいったい何でありましょうか。凡人にはさっぱり見当がつきません。


 サイクス先生はイギリスの遺伝学者です。
 前著『イブと7人の娘たち』では、サイクス先生の武器はミトコンドリアDNAでした。
 今生きている人類のミトコンドリアDNAの解析から、アフリカで発祥した人類がどのように世界に広がったかを解明しています。
 ネタ自体がエキサイティングである上に、サイクス先生のユーモラスな語り口とおだやかな生命賛美のムードがとても心あたたまる一冊だと思います。超オススメです。
 (当時の感想です→id:wang2zhonghua:20040422)


 サイクス先生の今回の武器はY染色体です。
 ミトコンドリアDNAは母から娘へと原始時代から現代までほとんど姿を変えず引き継がれます。Y染色体は、似た感じで(?)父から息子へ引き継がれるそうです。
 ミトコンドリアDNAとY染色体の解析結果をつきあわせて、サイクス先生はいろんな民族の来歴を調べます。前著では主に人類の始源に関わっていたのに対し*1、今度は歴史の範囲に突入してて、とてもエキサイティングでした。
 大航海時代の白人やバイキングの足跡を遺伝子で探したりとか!
 チンギス・ハーンのものと推定されるY染色体を見つけたりとか!
 彼の残したY染色体を引き継いだ男性が、現代に1600万人存在すると見積もられるとか。それも、史上最大の帝国の版図全域に!
 相変わらずサイクス先生の仕事は楽しそうだ!


 ところが、どーも今作はノリが怪しいような…
 その怪しさは後半に爆発します。サイクス先生がついに本性を現したのでしょうか。それとも前著と今作の間に何かががあったのでしょうか。


 極端にまとめると「貧富の差はY染色体のせいさ!性差別もY染色体のせいさ!戦争もY染色体のせいさ!環境破壊もY染色体のせいさ!」って感じ。
 『利己的な遺伝子』(ASIN:4314005564)の理論なんでしょうか?*2「遺伝子は自己の複製を多く残すようふるまう」ので、Y染色体がとった戦略は、女性を奴隷化し、他人の女性を奪い、女性を多く獲得するために富と権力を欲しがる。だそうです。
 ところが。サイクス先生によればY染色体は衰弱しつつあるのだそうです。突然変異による傷*3が蓄積している上に、自業自得ライクに環境破壊の影響で、Y染色体の損傷に拍車が。
 遠からず、Y染色体は失効し人類は滅びるかもネー? 進化の歴史上、そうやって滅びた種もあるししょうがないやね、ハハハ。まあ、遺伝子操作技術で滅亡を免れるかも知れないけど、いっそのこと男性抜きでやった方が平和になるかもネー。
 などと恐ろしい結びになっていて、あれえ、サイクス先生って男性じゃなかったっけ?と本の折り返しの写真を確認してしまいました。


 サイクス先生のご尊顔
 http://www.oxfordancestors.com/the-team.html
 (こちらのサイトでは有料で先祖を調べてくれるそうです)


 はてなでみつけたこの本についてのはっとする感想。
 http://d.hatena.ne.jp/rebis/20040703#p3

*1:前著でもロシア皇帝の娘アナスタシアの話が出ていたかな?

*2:未読なのに引き合いに出しちゃってすみません

*3:ある理由でY染色体上の傷は修復されにくいのだそうです。伏せるのはネタバレ防止じゃなくて、退屈で読み飛ばしたからです。