『祈りの海』--設定だけで怖い

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)
 グレッグ・イーガンの短編集。


 この分野には達人が多くいるので、素人がうっかりと発言するのはちょっとおっそろしいのですが、3回目の購入ではじめて全編読み通すことができた記念に、ちょっと語らせて下さい…。




 「もしも神を身近に感じる体験がバクテリアの作り出すある種の物質による脳内伝達物質の撹乱の結果であるとしたら、神を信じ続けることはできるだろうか?」
 「もしも自分の脳と全く同じ反応をする機械を作ることができたら、それは自分の脳、つまり自分の代わりになるのだろうか?」
 「父親になりたいという思い、我が子を愛し失いたくないと思う気持ち、それはDNAに規定された行動でしかないのだろうか?」


 SF的設定はあたりまえの前提を崩す小道具にしかすぎず、くりかえし作者が問うのは「自分とは何か」「自由意志とは何か」「愛とは何か」だよなあ。ってのは言い過ぎでしょうか…
 それはそれとして。
 「もしも神を…」の設問は信仰のない私は別にどうも感じなかったのですが、2番目に書いた「もしも」の話とか、毎朝目覚めると見知らぬ他人の肉体の中にいる話とか、設定だけで怖ええええ!!*1
 子供の頃、自分がいずれ死すべき存在だと気付いた時の恐怖、宇宙の大きさとタイムスケールに比べたら自分の存在なんて塵芥にも等しい、と思い至った時の心細さ、「ドラえもん」の最終回の噂じゃありませんけど、今感じている現実は植物状態の自分が見ている夢だったりしてね?なんて恐ろしい空想、ああいう怖さ*2と似た味わいの設定ばっかりよくそろえたものだなあと、感心半分・あんまり怖がらせないでヨ!半分、みたいな。
 その割には、「疑い出すとキリないけど、やっぱ今の実感を信じるしか?」ってまとまる傾向があって(ネタバレでしょうか?)、作者は心が健康な人なのではないかと思いました。設定を聞いただけでトラウマになるようなネタをどんどん考えつくクセに。変なのー。


◆妙に腹が立った作品→「キューティ」
 出産・育児体験キットとでも言うべき、遺伝子改造した亜人間(知能は低く設定され、寿命は4年に設定され、人権はない)を妊娠して出産して育てるキットを買った男のお話。
 本気で腹が立ちました。作者にでなく、哀れな主人公にではなく、そのキットを製品化して売る企業に、です。作中の架空の企業に腹立てるなよと自分でも思うのですが、それだけ不快感のある設定だったってことで。


◆妙にツボに入った作品→「百光年ダイアリー」
 過去に向けて情報を送る方法が発明されたので、すべての人が自分の全生涯の日記をいつでも読めちゃう世界の話。
 作品のテーマは別の所にあるのですが、大人になってから自分の日記の「行間」や故意の省略に気づく(子供の頃は額面通り全部信じていた!)のが妙にツボに入って可笑しかったっす。そうだよ、人に見せるための日記なら、正直に書かないよねえ?少しでも面白くなるように故意に省略したりオオゲサに書いたりしちゃう。相手が自分だったとしても、もちろん手抜きナシさ!(作品のテーマとはどんどん乖離しています)
 そんな訳で、この日記で忙しいとか困ったとか書いてあっても、あまり深刻にとらえないで下さい。


◆俺的トラウマ度ナンバーワン→「ぼくになることを」 次点→「貸金庫」

*1:特に2番目のはオチも怖くてちびりそうになったっす

*2:つか、子供の頃ってどうしてSFチックな怖い事を繰り返し考えちゃうんでしょうね?