『ドラキュラ崩御』 その1

ドラキュラ崩御 (創元推理文庫)

ドラキュラ崩御 (創元推理文庫)

 キム・ニューマンクトゥルー神話モノも書いていたりしているので要チェックなのです。
 神話関係ぬきでも、『ドラキュラ紀元』『ドラキュラ戦記』『ドラキュラ崩御』のドラキュラ三部作はこの上なく面白いです。
 架空歴史物に入ると思います。
 IF歴史の作品内で、本当の歴史が架空歴史として引用されるのが妙にツボに入った(自分の中で)(いま思うと何が面白かったのか謎だ)時期がありまして、『高い城の男』とか『SS-GB』とか『プロテウス・オペレーション』とかを喜んで読んでいたのでした。その時にこのシリーズを薦められました。*1
 このシリーズの歴史のIFの起点はこれ↓
 もしもヘルシング教授がドラキュラ伯爵を倒すことができなかったら?


 キム・ニューマンの描くドラキュラは、ただの一個のモンスターではありません。
 個人でありながら、個人ではない。
 その時代を生きる全ての人に影を落とす何かです。
 作中でドラキュラは、モンスターでありながら同時にヨーロッパの古い王家の人間としてもふるまい、複雑怪奇な政略結婚で複雑怪奇な(と日本人のわたしには思える)地位を手に入れます。
 なおかつ不死の存在である己が国際政治の表舞台に立つことで、人々の意識の変革を迫ります。
 ヴァンパイアの支配を受け入れるか否か。
 ヴァンパイアの友人や、恋人や、同僚や、取り引き相手を受け入れるか否か。
 そして、人として生きるか、ヴァンパイアとして生きるか。
 ドラキュラ以前とドラキュラ登場以後とでは時代の空気が全く違うんだろうなあ、てのは小説を読むとありありと感じられるし、そう幻視してそう描き切ったキム・ニューマンの筆力に素直に感服します。


 小説それ自体が十二分に面白いのですが、さらに、ツウな人だけが楽しめるお楽しみ要素があります。
 巻末をご覧下さい。日本語版オリジナルの登場人物辞典が添えられています(翻訳者さんと、彼女に協力した方々ぐっじょぶ)。
 膨大な人名に添えられた記号をご覧下さい。

【凡例】
☆→実在もしくは実在と目される人物で裏付けのとれたもの
★→映画・小説等、架空の人物で出典が確認できたもの

 その時代に実在した人物、事件だけじゃなくて、その時代を舞台にしたフィクションも遠慮無く取り入れまくりなのです。
 スーパーロボット大戦みたいな感じ。…なのか?
 『ドラキュラ紀元』では、ヴィクトリア女王の夫となったドラキュラが支配する英国が舞台です。いわゆる世紀末ロンドン。『ドラキュラ戦記』では、ヴァンパイアと人間の兵士が入り乱れる第一次世界大戦が描かれます。『ドラキュラ崩御』では60年代以降の映画から山盛りネタを拾っているらしくて、知ってる人はにやりとするとか。ネタが一つや二つなんてもんじゃないので、知識ある人はニヤニヤしっぱなしかも知れません。
 わたしは『紀元』『崩御』はサッパリでしたが、『戦記』は割とニヤニヤできました。
 もしも第二次世界大戦が扱われていたらもっとニヤニヤする自信があるのですが!
 この世界の第二次世界大戦モノ読みたかったなあ。ぜったい『戦記』の次はそれだと思ってたのになあ。残念なことです。


 メインの登場人物のことを書きます。
 と思ったけれども、本当はそれがいちばん言いたかったのだけれども、ここまでで時間がかかりすぎたので、またの機会に。

*1:『鉄の夢』も推薦されたけど、手に入らなかった。