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『暗黒のファラオの神殿』

クトゥルー (3) (暗黒神話大系シリーズ)
 ラヴクラフトユリアン・ミンツ*1、ロバート・ブロックの作品です。ああ、私はこの作品好きだ。いろいろとツッコミ所はあるけれども、大好きだ。
 ネフレン=カという古代エジプトの王様がいて。邪教(ニャルラトテップ)に入れ込みすぎたので王位を剥奪され彼の治世は黒歴史にされたとかされないとか*2。で、その王様が最後に逃げ込んだ地下納骨堂が今でもどこかに現存していて、そこにはネフレン=カのミイラと、ニャルラトテップから最後に授けられた超常の力の証拠があるんだそうな。
 地下納骨堂のありかの情報を得た主人公は、…彼の運命はすぐに予想がついてしまうので、「主人公はばかだなあ」としか思わなかったのですが*3、喚起されるイメージが素晴らしいと思います。


 ネフレン=カがもらったのは、予知の力なのだそうです。
 王様はとても喜び、見せびらかすかのように未来のヴィジョンを納骨堂の壁に描きちらしたそうです。
 3000年分か、もしかしたらそれ以上を。
 命が尽きるまで。


 ↓作品から引用デス。(『クトゥルー3』(ASIN:4915333531)三宅初江訳)

 すべての人間の顔が写真にとったように的確だった。粗雑な描きかたではあっても、生気をおび、写実的だった。

 

 …一般的なエジプトの画風ではない。普通の神聖文字が構成する本邦勝つ象徴的な画風ではなかった。その点が怖ろしかった。ネフレン=カは写実主義者だったのだ。ネフレン=カの描く人間はまぎれもない人間、建物もまぎれもない建物だった。すべてが驚くほど写実的に描かれているばかりに、見るのがただもう怖ろしかった。
 (中略)
 絵はすべて小さかったが、なまなましく明瞭だった。壁にそっていかにも自然に流れているようで、きれめのない連続性のうちに描かれたかのように、ひとつひとつの場面がほかの場面にとけこんでいた。あたかも画家が制作中に一度として手を休めたことがなかったかのように、尋常ならざる力業でもって、疲れも知らず、この広大な廊下の壁に一気に描き上げたかのようだった、
 まさしく、尋常ならざる力業でもって、一気呵成に描きあげたのだ。

 タッチはあらいけれど、生気にあふれかつ写実的。アドリブで描いたにもかかわらず構図も面白そう。へっぽこ絵描きのはしくれとしては(実在するなら)ぜひぜひ見てみたいと思います。フランダースの犬の最終回級のイベントを経ないと見ることはできないと思いますが。


 作品が発表されたのは1937年です。
 思うに、当時の読者より現代に生きる私たちの方が、ぞっとするのではないでしょうか。
 例えば2001年9月11日のあの光景が(正確に言えば、あの日かたずを飲んで見続けたテレビの映像が)、一ミリも違わず3000年前の壁画に描かれていたら。
 えーと、その、うまく言えないけれども、作中で主人公は十字軍や伝説の魔道書の作者の姿を壁画の中に見つけてぎょっとしてましたが、それよりもリアルタイムで映像で見たアレコレがソックリ描かれている方がゾクッとすると思う。
 ブロック先生、あなたは早すぎた。と私は思う。
 (よく読んだら、描かれているのはエジプトの出来事限定みたいです。残念。)


 反乱軍に追われて地下納骨堂に逃げ込み入り口を塞いでここで自決するしか、なんて局面で予知能力を授けられても役に立たないしかえって絶望を深めるだけと思います。
 が、このタイミングでくれるのがニャルラトテップという神様だと思います。
 ネフレン=カは、最後の地まで従った臣下全員を生け贄にささげて最後の儀式を行い、予知能力を授けられたようにも読み取れます。もしかしたら、ファラオが捧げた膨大な生け贄のためではなく、彼が王位も王国も仲間も部下もなにもかも喪失したこと、それを最高の生け贄として認めて力を授けてくれたのかもなあ。なんてったってニャルラトテップ様だからなあ。なんて思ったりしました。

*1:命名は私。すみませんすみませんすみません。

*2:彼は写実主義だったという説明もあり、アメンホテプ4世(イクナートン)を連想するようなしないような

*3:催眠をかけられていたようでもありますが