『空白の五マイル』-冒険家の、業
- 作者: 角幡唯介
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2010/11/17
- メディア: 単行本
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冒険がしたかった。
人跡未踏のジャングルをナタで切り開き、激流を渡り、険しい岩壁を乗り越える、渡しの理想とする冒険とは、イメージで語ればそんな感じだった。二一世紀が目前だったにもかかわらず、学生の頃の私は。一九世紀の英国人がやっていたような古典的な地理的探検の世界に憧れていたのだ。
(中略)
ただ、それを実現するには大きくて解決の難しい問題がひとつだけあった。それは、いったいどこを探検すればいいのかよく分からないということだった。
確かに。
むかし活字を拾って写植を打つ職業があったのですが…今はないのでしょうね。
新聞記事をスクラップする専門職の人に会ったことがあります。今は…ないのだろうなあ。
冒険家も、21世紀には消滅する職業なのかも知れません。もしかしたら。
20世紀末から21世紀前半を生きる冒険家である著者がめぐりあったのが、ツァンポー大渓谷でした。
筆者が「どうやって行ったか」という事と、「どうして行ったか」という事が書かれています。
チベット高原の南端を西から東に流れるツァンポー川、これがヒマラヤ山脈東端のナムチャバルワ Namcha Barwa 山(7782メートル)とギャラペリ Gyala Peri 山(7294メートル)の間をぐねぐね流れるあたりが山が険しすぎて誰も行ったことがないと言う。この川はヒマラヤ山脈を南へ抜けた後はインドのブラフマプトラ川になり、最後はガンジス川に合流して海に注ぐ。
のですが、かつて足で確かめて地図を作るしかなかった時代、ツァンポー川がヒマラヤの山懐の向こうへ消えた後どこへ行くのか、とは大きな謎だったそうです。
19世紀から20世紀初頭、偉大な探検家が地図の空白を埋めるべく挑みながらも天険に阻まれ行けなかった所であり、人類がいまだ足を踏み入れたことのないエリアには「幻の大滝がある…かも知れない」
その謎がほぼ手つかずのまま21世紀まで残っていたとしたら!
それは燃える。確かに燃える。
かなうことなら、いつか行って見てみたいなあ。
と、強く憧れるのですが自分が!現地に行く日は!来ないだろう!絶対に!
だがしかし今ならGoogle Earthがある。
とGoogle Earthで該当エリアを探したら、当の著者自身の写真が登録されていてうれしかったのです。
the cave at hogudorung By kakuhata.yusuke
29°47'59.14"N 95° 8'49.23"E
ほかの冒険家?から「あんたようやったな」とコメントがついてゐる。
ツァンポー大渓谷のまわりにも小さな村があって先祖代々住んでいる人がいるってのもすごいなあと思いながら読みました。死にそうになりながら単独行しちゃう著者もすごいけど。冒険家は、職業を選ぶみたいに「なる」ものじゃない。そういうふうに生まれるものに違いない。
もっとすごいのは(?)最後のチャレンジ2009年の時には山奥の村に携帯電話があって密告などにも使われていたことです。もちろん密告以外にも便利に使われているはずですが、この本を読む限り主な用途は密告に見えてしまう。著者が無許可で旅行しているからですが。
ここが「空白の五マイル」であった理由の半分は、政治的事情が占めているように思いました。チベット自治区内のインドとの国境に近いエリアで中国政府が外国人の立ち入りを制限しているエリアなのです。
この本には、ベユル・ペマコという理想郷がツァンポー大渓谷のどこかに隠されていると考えて移住してきた少数民族が登場します。そもそも彼らが故郷を捨てたのも政治的事情らしいのです?
ロマンや伝説というものは、もしかしたら半分は政治的事情でできているのかも知れません。