好き・嫌い・好き・嫌い

 まあそれでアレですけれども。
 キャラクター類型を表す「ツンデレ」という言葉があります。
 嫌われていると思っていたら、真相は真逆でとても好かれていたという、ある瞬間を境に感情のベクトルが180度変わる、動きと意外性が新鮮な驚きをもたらすキャラクター類型です。


 石田氏は、強いて分類すればツンデレキャラの範疇に入ると思っていました。
 MCでたいへんな憎まれ口をたたくので、最初はびっくりしたものです。
 でも生み出す曲を聴いているとそんなに悪い人には思えないと言う、想像補完型ツンデレ?
 言葉と行動とが矛盾した時には言葉が「偽り」で行動が「真実」と思うように?言葉と作品とが矛盾した時には、作品の方が「真実」で言葉が「偽り」とナチュラルに思ってしまいます。
 作品=上手な嘘ってケースもあるんじゃないか?
 てゆーかわたしたちの、「言葉」は嘘かもしれないって強烈な感覚はどこから来ているのでしょうか。
 末法の世だと思います。
 それはそうとして、MCで「風邪を引かないでね」なんていたわられると「弱ってるのか?」と思い、素直な感謝の言葉が出ようものなら反射的に死亡フラグかと思ってしまうようになりました。
 レベルが上がった!のか?
 このままじゃいけないかも知れないと反省しはじめました。


 まあそれで何が言いたかったかと言うと、憎まれ口→フォローで終わればいいのに、今のフォローは嘘だったのかと思わせるような憎まれ口をたたみかけるのは、あれは何かと疑問に思ったのです。
 180度変換が2回でギミックのダイナミズムは素晴らしいのですが、ベクトルがもとに戻ってます!


 例↓
 お菓子の差し入れをいっぱい頂いちゃいました。
 (前列の観客に)
 あなたも持ってきてくれたの?
 (首を横に振る観客)
 あちゃー、手ぶらできちゃった人がここにいたよ!


 ここまでは、すべての観客が冗談だと分かっていたに違いありません。
 むしろその後「冗談だよ」的なフォローを自分で入れていて、しかも人を心からほっとさせる笑顔と口調だったので、これが芸風だこれが罠だと分かっていても胸がきゅん!となった瞬間、
 あろうことか、左唇をゆがめて憎々しげに冷笑したのです!
 憎まれ口→フォロー(そんなこと思ってないよ)→今のフォローこそが嘘、でせいぜい5秒ぐらいの間に180度変換が2回でギミックのダイナミズムはそのスピードと落差に於いてまことに素晴らしいのですが、









 ほんとうに認めたくないのですが、憎まれ口→フォローで終わっていたよりも印象深く、強く惹かれたと思います。
 こんなに繰り返し繰り返し思い出してしまうなんて。
 悔しい。