故郷

 この連休に、何年も前に捨てた故郷を訪れた。
 いつ見ても空虚な街だと思う。
 休日の日中だと言うのに、駅から続くメインストリートには人影ひとつ見えない。
 住民は悪疫を恐れて引きこもっているのだろうか、それとも既にすべて死に絶えてしまったのではないか…駅に降り立つと、いつも同じ空想をしてしまう。
 それほどまでに、がらんとした街なのである。
 関東平野のはずれ、二世代ほど前には繊維産業で栄えた古い街ではあるが、いまや繊維産業は海外に拠点が移り、広大な駐車場を備えた巨大店舗が郊外に進出して旧市街の商店を圧迫している。先年、隣接する市にもっと広大な駐車場を備えたもっと巨大な店舗が進出して、市内の巨大店舗も死に絶えつつあった。食物連鎖を見ているようだ。
 日本史に名前を残す英雄との縁があり、大河ドラマで彼が取り上げられた時は、いっとき観光客でにぎわった。
 しかし、翌年からはもとの通りである。
 日本中どこにでも、そう、どこにでもある話だ。


 低い屋根の家々の間から、高速道路の橋脚がいくつもそびえていた。
 十数年前から計画は耳にしていたし、散発的に土地買収もされていて、何人かのクラスメイトが転校して行ったものだ。
 しかし、こんかい見た橋脚の周囲には人影ひとつなく、工事が行われている様子もなく、ただしんかんとしていて、風雨にさらされ灰色にくすんだ色あいとあいまって、古代の巨竜の骨を連想させた。
 骨からの連想であろう、ふと、計画が放棄されたのかと思い、転校して行ってそれきりとなったクラスメイトの顔を思った。
 高速道路は遠く大平洋まで続くと、かつて聞いた。
 街を東西に貫く川を渡る橋の上から、低くたれ込める陰鬱な雲の下、橋脚がはるか遠くまで立ち並んでいるのが見えた。
 いつか完成する高速道路は、街の上空を通過するのみなのではないか。
 そんな空想が働いた。
 なぜならば、ここは旅の目的地とはなり得ないほど空虚な、忘れ去られた古い土地だからだ。
 日本中どこにでも、そう、どこにでもある話だ。


 時代が移り変わり、いつか再び、多くの人がこの土地を目指して集まる時代が来るのだろうか?
 わたしが生きている間に、そのような時代が来るとは思えないが。
 では100年後ならばどうだろう?200年後は?それとも1000年?
 空想をめぐらしていると、人類が去ったあとにこの土地に集う何かが、ぼんやりと見えるような気がした。
 それほどまでに、がらんとした街なのである。