『楽園の泉』--明日に架ける橋
- 作者: アーサー・C.クラーク,山高昭
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1987/08
- メディア: 文庫
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天まで届く塔ですから、イメージ的にバベルの塔と比較されがちですが、これって下から積み上げるものじゃないそうです。原理としては、大きな人工衛星からエレベーターをぶら下げる形なのだそうな。工事も上から。目からウロコがぶっ飛びました。
なんで軌道エレベーターを作りたいかと言うと、
すまん、これ以上の説明は無理だ。
→wikipediaの軌道エレベーターの項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8C%E9%81%93%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF
シンプルで理にかなった巨大建造物の美しさ。それはシンプルで理にかなっている故に、自然の美とも調和します。
テープは、昼間よりも夜間のほうが、ずっと遠くまで見えた。夕方になって警戒灯が点じられると、それは細い白熱光の帯となってゆっくり狭まってゆき、どことも定かにはわからぬ箇所で、背景をなす星空の中へ消えてゆくのだった。
霊峰の頂上から、5センチ幅の4本の超繊維テープ(エレベーター工事のガイドテープ兼支柱)が真っ直ぐに天に向かう姿は、想像したらドキドキしますね。下から見上げると、長すぎて宇宙側の端が見えない。なんてったって4万キロだからな。
舞台は22世紀なかば。*1
人類の一部は月と火星と水星で生活し、宇宙には少なくとも242の他の文明があることをすでに知っています。最寄りの隣人は(たった)52光年先で人類からの返信を待っています。にぎやかな宇宙。にぎやかな未来。
ここには、官僚主義や醜い足の引っ張り合いはほとんど登場しません。
物語に登場する人々は、自分たちと人類がもっと「やれる」ことを確信しています。
子供時代の夢はすばらしい。しかし、大人の知恵と行動力で描く夢はもっとすばらしい。
時には悲惨な事故も起こります。
しかし、事故は、人々の勇気と希望を粉々にうち砕く物ではありません。勇気と知恵を振り絞って乗り越えるべき試練として描かれます。乗り越えた先には、深い満足感、明日はもっといい日に違いないという強い確信があります。
萌え要素がないと読書スピードがガクンと落ちるタチなので、最後まで読めるか心配だったのですが…美しい巨大建造物のイメージとワクワク感で一気に読めました。きらめく未来への希望、人類の良識への信頼がまぶしかった。
こんなに前向きでピュアな気持ち、久しく忘れていたですよ。
科学の発達による社会の複雑化は人生の葛藤を深めてるよ観にすっかりなじんでいるポストバブル世代は、なんだか急に後ろ向きな己を恥じたいキモチに。
ああしかし。
ピカピカすぎてたまに居心地が悪い。ような気がしないでもない。
劇中では、宇宙と地球を結ぶ4万キロのテープの地球端(根本)は一般公開されています。誰でも現地に行けばじかに手で触れます。
テープは超丈夫だからちょっとやそっとじゃ切れないし、頭上の工事現場から工具とか落としても、大気との摩擦で燃え尽きるか、地球の自転の関係で真っ直ぐ根元には落ちない。そういう理由で立ち入り禁止になっていないんだと思います。多分。
恐るべき無邪気さだと思います。科学の明快さのみで、にんげんの心の闇は考慮されていない。「ああっ見学者はもうちょっとチェックした方がー」とか「テープ周りの数百キロは航空機立ち入り禁止にしないとー」とかハラハラしてしまいます。
もう一カ所。本筋とは関係ない小ネタの部分ですが。どうもこの世界ではある種の国民総背番号制を世界規模でやってるみたいです。しかも生年月日と住所と勤務先ぐらいは一般公開されていてネットを介して簡単に検索できるっぽい。引っ越し転職結婚してもトレース可能。年賀状が出せないとか宛先不明で帰ってきたとかの悲劇とも永久にさよなら!
なのはいいのですが、昨今の世相を鑑みるに、DM業者とストーカー御用達みたいなプライバシーだだ漏れなシステムはあり得ないと思います。この世界では管理者も利用者もよほど良心的で節度ある利用をしているんだろうと思います。
いやいや嫌味ではなくて。
クラーク先生がこの物語からあえて省いた「闇」って、あるような気がします。
あと、総監督が単身突撃するはどうかと思いました。物語としては美しくまとまっていますが、あの後、関係者が深い自責の念にとらわれたんじゃないかと心配です。
この本の中に、ミスカトニック大学出版局の本からの引用があって驚きました。第二部冒頭、97頁をご覧下さい。
(R・ゲイバー 『宗教の薬理学的基礎』 ミスカトニック大学出版局、二〇六九年)
架空の本からの引用がほかにもいっぱいあるので、何かのジョークの一環だと思います。
『楽園の泉』が出版されたのが1979年。クトゥルー神話が米国で再評価されてブレイクしたのが70年以降という話ですから、年代的にはありうるのかも知れません。
が、スリランカ在住の英国人、暗黒神話とは対極にありそうな大SF作家とラヴクラフトをつなぐ線はちょっと想像できないのですが…<追記>
- 作者: アーサー・C.クラーク,Arthur C. Clarke,山高昭
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/01
- メディア: 文庫
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ミスカトニック大学の件は、新版では109ページにあります。
金子隆一氏の解説で感銘を受けた箇所↓
(…)要するに軌道エレベーターはもはや技術的検討課題でも、ましてや人類の進化のヴィジョンを語るよすがでもなく、純然たるカネと力の次元の課題となるのである。まず間違いなく軌道エレベーターは、近い将来の世界に、激しい国家間の軋轢をまきおこし、さまざまな思惑を持つ無数の利権集団、狂信者の群れをも駆り立てるだろう。おそらく、それは多くのテロリストにとっての憎むべき標的となるに違いない。
近い将来に技術的に実現可能となったとしたら、との仮定に続いて上記のようにクラーク先生の描く理想世界と、現実世界の差を指摘しています。
しかし、それはもちろんツッコミではなくて。
われわれの住む憂鬱な現世を思い返しての嘆きであって。
要するに、低くて暗くて汚いところから見上げる空はより美しい。みたいな。
*1:ハッキリ年号が書いてないですね。主人公の年齢から推測するに、2142年から15年間ぐらいの物語みたいです。